97年10月24日岩国沖
ハリアー墜落事故報告書(抄訳)
- 岩国沖に墜落したAV8Bの機体番号は“164116”だった。
- 岩国基地に展開していたHMH262(REIN)のハリアー部隊に所属していたこの“164116”のAV8Bは、97年10月8日の時点で「Dフェーズ」の点検とエンジンの交換を受けていた。
- 10月24日に、この機体はDフェーズ点検とエンジン交換、及び付随する修理を完了した。
- “164116”機は、Dフェーズ点検を受ける前に2396.4時間の飛行を記録していた。直近の点検はCフェーズで、飛行記録は230.9時間前で、97年4月18日に完了していた。
- 直近の「点検後チェック飛行(PMCF)」は、“Cタイプ”で、フライト・コントロールの不一致の点検修理が終わったあとの97年8月21日で、飛行記録では98.7時間前だった。
- 機体の価格は部品を含めて23,563,600ドル。機体は破壊された。
- 10月24日の点検飛行は、エンジン修理の後に行われる“Bタイプ”だった。
- パイロットのジェフリー・ソーター大尉は訓練において平均以上の技量を示していた。
- 事故当日の天候は、高度3000フィートに雲が点在し、視程3マイル、風速3ノットの北風だった。
- 作戦担当将校は、この機体に"CUTTER 60" のコールサインで14時30分発、"JOI-1ルート"(岩国第1ルート)を飛ぶ飛行許可を与えた。
- "JOI-1ルート" は、岩国基地と567エリア間15マイルを計器飛行で飛ぶルートだ。
- ソーター大尉は、飛行前点検を行ったあと、「ホット・セクションにオイル漏れが少し認められる」「方向舵が重く感じられる」と記録している。
- 作業員は、オイル漏れはオイルの入れすぎかもしれないが問題はないとパイロットに説明した。
- ソーター大尉は、方向舵は主導では異常に重いが、引っ掛かりはなく、地上走行前のチェックでは正常に動いた、と記録している。
- ソーター大尉は定められたチェックを完了して、15時07分に離陸して、567エリアでのPMCFを開始した。
- 方向舵の重さは限界を超えていたが、“Bタイプ”のPMCFを続けても大丈夫だと決断した。
- ソーター大尉は、567エリアで予定された点検飛行を完了すると、その他の点検のために岩国基地に向かった。
- 16時01分14秒にソーター大尉は回転しながらの垂直着陸を行い、再び離陸した。
- 16時 01分22秒にソーター大尉は離陸した。
- 16時01分23秒にソーター大尉は、管制塔からダウンウィンド・レグに入る許可をもらった。ダウンウィンドに向けた旋回は16時01分28秒に開始された。その時の高度は約500フィート、対気速度は170ノットだった。
- ソーター大尉は通常の旋回でダウンウィンドに向かった。バンク角は約60度、迎え角は10〜11単位、排気ノズルの角度は25度だった。
- AV8Bの着陸パターンは4つあるが、どのパターンで着陸するかによって、迎え角は8〜10または10〜12単位を維持する。
- 16時01分42秒にソーター大尉は、管制塔の指示に従って旋回をきつくした。バンク角は約70度になり、ノズル角は60度に増大し、迎え角が大きくなりだした。
- 旋回をきつくするために、ソーター大尉がノズル角をもう少し増やし、操縦桿を戻したときに、機体は突然失速してコントロールを失った。右に回転し、120度の仰向けになった。
- 16時01分42.5秒から16時01分44秒の間に、事故機は急激に迎え角を増して、11ユニットから19ユニット超になった。
- 16時01分44.5秒に迎え角が限界を超えて、失速が始まった。
- 失速状態になったときの緊急操作を行ったが、機体は反応せず、右に回転を続けた。姿勢を元に戻すことが不可能だと判断して、ソーター大尉は脱出装置のレバーを引いた。迎え角の急増が修正されなかったことが、回復不可能な高度での失速を招いた。
- 16時01分48.5秒に、事故機は完全に裏返しになり、高度800フィートで下向きになりソーター大尉は機体から脱出した。
- “164116”機は岩国基地の近くの海上(北緯34度08分48秒、東経123度14分54秒)に墜落した。
- ソーター大尉は着水し、3分以内に日本人の漁師に救助された。漁師は大尉を岩国基地の中の港に送り届けた。
- ソーター大尉は軍の救急車で岩国基地内の海軍診療所に運ばれ、治療を受けた。
|HOME| MISAWA | ATSUGI
| IWAKUNI| SASEBO
| OKINAWA
| SEA|
AIR
| SONOTA
|