はじめに
2001年9月11日午後10時過ぎ、マスコミからの電話でテレビの映像を見て驚愕した。
あの、その後も目に焼きつく程流れたニューヨーク・貿易センタービルに旅客機が飛び込む瞬間であった。「大変な事が起こっています。ペンタゴンもやられたようです。」そのあと、「岩国基地では異常な動きはないでしょうか?」
わたしは慌てて玄関外に出て、基地の方角を見た。ヘリコプターが飛んでいるようだが、それほど際立った動きは感じられない。
私はこの日、市議会の一般質問を終え米軍が翌日未明、9年ぶりに行う大規模な演習の確認で早朝に基地へ出向こうと、少し早く床についたばかりであった。
こうしてアメリカが国を興し以来始めて本土を空爆された、その報復の戦争が始まった慌ただしい2ヵ月。リアルタイムに岩国の市民へもその影響が伝わってくる、基地の街からの報告である。
1.岩国基地も厳重な警戒体制に
米本土での同時多発テロ発生と同時に、岩国基地は厳重な警戒体制に入った。基地に通じる門は閉ざされ、唯一開くメインゲートでは多くの兵士が武装をし、入門チェックに当たった。テレビでは、刻々と流れるニューヨークやワシントンの映像の上に、「岩国基地など在日米軍の施設も厳戒体制」というテロップが常時流され、他の街に無い緊張感と恐怖心が茶の間に走った。
翌朝から、恐らく基地周辺は勿論、市内全般に渡って道路の渋滞が心配された。
岩国基地の入門チェックは通常はAからDまで4段階に区分され、Aをアルファー、Bをブラボー、Cがチャリー、Dをデルタと呼び事件後は数日、最高チェックのデルタで検問が続いた。車はすべてのドアやボンネットも開かれ、車の下も兵士がもぐり込んで目視する。軍用犬や金属探知機でモノやヒトもチェック。一件で10〜15分は掛かる入念さで周辺の道路はほとんどマヒした。
もちろん米軍は武装をし、正門には軍用車両が置かれその上から機関銃を備えた兵士が周囲を見張る。最近の炭疽菌 (たんそきん)
事件以後は、一時和らいでいた警備状況が又少し厳しくなり、10月12日からは腰に毒ガスマスクまで入ったカバンを携帯、24日からは他の米軍基地では見られたものの岩国基地では無かった「土のう」も登場、無防備の市民はどうすれば良いのかと言う不安は一層つのる。一方の基地側は、10月12日発行の基地内広報誌で自分たちの避難する時の心得を特集している勝手さである。その後の基地側テロ対策には炭疽菌
(たんそきん) 対応が中心的に取り組まれ、11月2日に基地安全部は従業員向けに文書を配付、全員にマスクを支給することを伝えた。
11月9日と14日にはこのための説明会とトレーニングを行うという。これらの経費は完全なマスクであれば数千万円を必要とするが、米軍が支出する予算であろうか。それとも、これまで「思いやり予算」であろうか。又、全国の他の基地では支給しないのであろうか。フェンス一枚隣の我々日本人への対策はどうなるのであろうか。こうした現実を行政当局は報道などによって知るのみで具体的な対応は無い。
事故後の9月中旬、開催中の市議会は交通渋滞の影響で委員会開会が20分遅らされる異例の事態となった。市営バスも多くのダイヤの間引き運転を余儀なくされた。
2.9月25日、厳戒の岩国基地に入った!
9月25日、かねてから予定されていた社会民主党の国会議員団による岩国基地調査が、米軍側の予期せぬ回答で実現することになった。平素から岩国基地情報の提供等、協力関係が深いおつきあいで、地元市議としてこの調査行動に同行することができた。 調査を実施したのは、沖縄県選出の東門美津子代議士、九州比例区選出の今川正美代議士、中国比例区選出の金子哲夫代議士、それに社民党山口県連合の青木代表、佐々木明美県議、須古山口市議、私と秘書など計9人のメンバーであった。
テロ後始めて、米軍基地に調査活動で入れると言うことは極めて稀な出来事として大きな関心を呼んだが、基地側の入門チェックはおおらかでボデイチェックもなし。デラー司令官を表敬、今回のテロ事件のお見舞いを言ったが、日本人の犠牲者があったことに対しても哀悼の言葉があった。
しかし、核心の発言は全く無くすべてがテロ情報に通じると言うことで表面的な会見に終わった。
次に、サモンズ報道部長から約一時間、岩国基地についての説明があったが、ここでもインターネットで紹介されている程度の岩国基地案内で、唯一私の疑問であった「AV8Bハリアー」の運用について、「所属は岩国基地であるが分遣隊として沖縄で展開している。31MEUという部隊編成の中で動いている」と、具体的に答えた。
差し回しのバスで、基地滑走路拡張工事の現場を見学した。施設隊長の説明では、米軍がこの事業で大変な恩恵をこうむっており、完成後の効果を期待していることが伺えた。すべてが日本国民の思いやり予算による。私は「なぜこれまでは簡単な港湾施設しか無かったのに、水深が13メートルという大型岸壁を作るのか?」と質問したら、「港は今までもあったから」と答えたので、「それは水深5メートルそこそこ、今度出来る港は米軍のどんな大型艦船も入港できる」ときりかえすと、「どのような船が入港するかは、上官が決めることだ」とこたえをはぐらかえした。
県連合の青木代表は「沖合に拡張後の跡地は日本側に返還されるのか」という質問には、「返せる場所は無い!」という意味の答えであった。結局は機能強化だけが残るわけだ。又、滑走路が1キロメートル沖合にでる効果について、墜落の危険などを上げたが、騒音の逓減はあまり見込めないことを白状した。その上、「航空機はやかましいものだ」と大きい騒音がでることは当たり前という姿勢を示した。
この他、金子哲夫代議士がデラー司令官に中国産地での低空飛行訓練について自粛を求めたのに対して、司令官は「岩国基地の米軍機だけがやっているのではない」と問題の発言があったが、今後明らかにしなければ成らない。約3時間の調査活動であったが結局、基地内では一枚の写真も撮らせずテロへの厳しい警戒体制に変わりはなかった。
3.「追跡!在日米軍」ホームページに大きな関心
私は、米軍基地の所在する街の市議会議員と共同して「追跡!在日米軍」という活動とホームページでその情報を伝えている。5年前にこのホームページを立ち上げ、全国から多くの人がアクセス、事件前には29万件に達した。それまで、一日に百から百五十件のアクセスであったが、それが事件後は一転、一日千件以上のアクセス数となった。 あっと言う間に30万件を突破し、事件から2ヵ月経った今は34万件を越えている。これは、今回のテロと関連する在日米軍の動きなど、如何に情報が不在であり一般大衆に伝えられていないか、如実に示す一例である。
連日、何回となく流されたビル突入の映像が、「自粛」の一言ですっかり流れなくなったり、オサマ・ビンラディン氏のビデオ映像もPRになると規制を求めたり、すべてアメリカの報復戦争への枠組みの中で事態が進行し、都合の良い情報のみが流されてくる不満が、我々のホームページに情報を求めて殺到したのだ。
最近更新したページでは、空母キティーホークの動向やその任務や各基地の警備状況など、又艦船の動きなどを掲載している。
4.岩国基地の航空機も、報復戦争に連動した異常な動きが続く。
その、「追跡!在日米軍」の議員集団『リムピース』の一員として、この一ヵ月の岩国基地の航空機の動きを追ってみた。
岩国基地にはアメリカ海兵隊の航空部隊と海上自衛隊の航空群が同居している。米軍は、FA18ホーネット戦闘攻撃機36機を主力に、多くの航空機が日夜訓練を繰り返している。海上自衛隊はP3C対潜哨戒機やEP3電子戦機、US1救難飛行艇など、アメリカの軍事作戦を補完する行動を繰り返している。
9月11日のテロ事件以後、海兵隊の航空機はまずFA18ホーネットが沖縄普天間基地所属の空中給油機KC130 ハーキュリーズと同道してグアム島アンダーセン基地に頻繁に飛行している事が確認された。両機種とも岩国基地周辺の訓練区域で飛行することが通常であるにも係わらず、グアムを拠点に作戦を展開していることは報復戦争へ向けた米国の何らかの異常な動きであった。
もうひとつの特徴的な動きは、岩国基地が米軍の報復戦争に向け、関連する軍事拠点へ送り込む物資の中継拠点として働いていると見られる動きである。
普段は年に数回しか飛来して来ない大型の輸送機が、相次いで岩国基地で確認されているのだ。前述した KC130ハーキユリーズは輸送の任務も兼ね備えており、グアム島への飛行は意味があるかも知れない。リンデンと呼ぶ民間のC130輸送機は通常では週1回程度の飛行であったものが、最近は連日見かけるようになった。
C141 スターリフターは頻繁にオーストラリアのティンダル飛行場に飛んでいるし、稀にしか確認の出来ないC17グローブマスターも米本国西海岸のマッコード基地との往復が続いている。
さらに、米軍では最大の輸送機であるC5Aギャラクシーが数回飛来した。ギャラクシーは昨年度は一度も飛来した記録はなく、明らかに今回のテロ事件に関連する報復戦争で、岩国基地は現在滑走路の工事のために使用が制限されている横田基地の補完施設として、物資輸送の中継拠点として使用されていることが伺われる。
その他、これがどのような作戦行動であるかは説明できないが、三沢基地所属の米軍空軍機F16が度々飛来していることも、岩国基地が多様に活用されている事実の一つであろう。
岩国基地のFA18ホーネットは途中に部隊交替もあったが、基地側がその発表内容を誤って伝える位に混乱しており、その動きも複雑で目まぐるしい飛行を繰り返している。

