テロ対策に翻弄され 緊張が続く岩国基地

昨年9月、米国内で起こった同時多発テロ から10カ月がたった。ニューヨークの事故現場では何とか瓦礫の処理が終わり、ペンタゴンの修復も終了したと報じられた。しかし、あの事件でアメリカの失った威信は想像以上、未だその傷痕は大きい。今やアメリカの世界を支配する力は強大で、海兵隊の部隊を駐留させる私たちの町「岩国」もテロの影響は大きい。

 9月11日、岩国市民はリアルタイムにニューヨークやワシントンの事件を共有するかかのような錯覚に陥れられた。マスコミからの取材やテレビのテロップでも、「岩国基地に異常はないか?」「岩国基地の米軍の動きは?」「基地へのテロは?」等々、恐らくこれまでに想定されなかった異常な事事態が起こるかも知れないという不安にかられた。
 基地側の警備体制の強化や、作戦上の変更はあらゆる事態の想定を前提に、岩国市民を巻き込んで展開された。基地の入口は最高レベルの検問が続けられ、その影響は市内の道路に大渋滞を出現させた。
 各地域に配備された消防団の消防車まで、爆弾を装備して基地への突入があったら…という心配からチェック体制の強化が指示されれた。その後、米国内で多発した生物・化学兵器によるテロ事件ともからみ、自治体(岩国市)までもが基地に関連するテロ災害の対応を迫られ、「テロ対応のマニュアル」を作成することとなった。しかし、米軍側は岩国基地内で働く日本人関係者のすべて3千4百名にガスマスクを支給、市民へのマニュアルとも違う過激な対応で、さらなる不安を市民へあおった。

 岩国基地のテロ後の動きはこの基地に配備された航空機のみならず、米軍全体の慌ただしい動きとして確認された。事件数日後には岩国基地の戦闘攻撃機が大量に、グアム島方面の米軍施設に派遣された。その方面の米軍基地があらたなテロ攻撃の恐れという対応だった。10月8日、米軍のアフガニスタンへの報復戦争が始まった。この動きと連動した岩国基地は、通常は飛来することが滅多に無かった大型輸送機が大量に岩国基地を使用、物資の頻繁な出し入れが続いた。
 横田基地の滑走路補修工事とも重なり、岩国基地は米軍の指揮・運用系統を超えた便利な利用をされ、報復戦争の物資中継地の役割を担ったのだ。C5ギャラクシーやC17グローブマスターといった大型輸送機が連日飛行していた。

 11月末突然、防衛施設庁は岩国市に新たな部隊と航空機の配備を通告してきた。ハワイに駐留するCH53-D大型ヘリコプターを岩国基地へ移駐させたいというものであった。
配備の理由は「テロ対策」不測の事態が起こった時の、緊急輸送体制の確保と言うことであった。岩国基地が軍事的には日本列島の中心に位置しており、便利に利用できる最善の基地だという触れ込みである。
実際には、ブッシュ大統領の口から言わせれば「悪の枢軸」と表現した北朝鮮を照準とした、新たな軍事挑発の手段として今回の大型ヘリコプターを岩国基地に配備したものであった。防衛施設庁は市議会にまで資料を揃えて配備の説明に出向き、「テロ対策」を大合唱、岩国市長や山口県知事も「テロ対策」だからと配備に同意し2月上旬には8機のヘりコプターが岩国に着陸した。

岩国基地は30年余り前から「市民の悲願」と枕言葉まにまでされた滑走路拡張の工事が6年前から始まり、米軍の将来的な軍事計画とも連動して大きく変わりつつある。
国民の税金「思いやり予算」を二千億円投入して、213ヘクタールの海面を埋め立て、千メートル沖合にもう一本の滑走路を作る。地元の山口県と岩国市は共同してこの事業への2200万立方メートルの土砂供給を目的に住宅団地を造成し、一千億円規模の大型事業を展開している。バブル崩壊後に本格的にスタートしたこれらの事業は当初の目論見が大きく崩れ、数年後に完成する団地の処分は今から既に暗雲がたなびく。
 米軍基地の建設という国策に連動した地方自治体の誤算が、これから大きな荷物となって地元に振りかかってくるのだ。  このほど沖縄では、96年に日米で合意に達した普天間基地の全面返還にともなう代替施設の建設が固まった。地元と政府で作る協議会が合意したのだ。名護市辺野古沖のリーフ上に、2500メートルの新滑走路を作るというものだ。合意後5年から7年以内という計画から大きくずれ込み、今回合意した新施設の計画は政府の企むこれからの日米軍事戦略とも大きく符号しており、岩国基地の滑走路拡張工事とも密接に連動している。
 まず今回合意した計画施設の規模は、明らかに現在進行中の岩国基地の工事とよくにており、岩国での実績が大きく参考とされている。さらに工事の工程を見ると、これから環境アセスメント等の準備作業に入り、埋め立て手続きなどをすすめれば着工は早くとも5年余り先となる。すでに着工して6年を経た岩国基地拡張工事の完了を迎える頃なのである。高速道路や港湾事業など、政府の公共事業締めつけ政策の中で、唯一聖域となっている軍事産業の一角を、ゼネコンの受注スケジュールが旨く調整している図式が見える。

 もちろん、こうした新たな軍事施設が「軍民共用」というきれい事をどんなに唱えても米軍の当初からの思惑に変わりはない。  テロや新たな報復戦争などが一度勃発すれば、米軍はあらゆるルールも無視した際限なき軍事利用を展開することが、今回の事件で証明されたのである。
 岩国基地はその後も、「テロに備えて!」という口実を頭に新しい監視塔の建設やゲートの拡充、めまぐるしい部隊の改変で連日激しい飛行訓練を続けている。
 終幕した国会の焦点となった防衛庁の情報公開リストを作成した担当者も今は岩国基地での勤務、その事後処理でさらに紛糾した庁内の高官は前任時、2月にヘリコプター配備で岩国市に出向いてきた人物であったなど、岩国基地は絶えず国の軍事政策にも翻弄されつづけている最近の動きである。

 おわりに、「追跡!在日米軍・リムピース」という議員集団の活動のひとつとして、年間を通じた岩国基地の航空機の動きを監視した記録をホームページで公表している。  本稿で述べた米軍の動きの基礎となっている記録である。www.rimpeace.or.jp にアクセスされれば閲覧が出来るので参考にされれば幸いである。

 山口県岩国市議  田村 順玄


'2002-9-3|HOME|