前畑弾薬庫の返還条件とは


弾薬整備作業所前の岸壁。ここに大型桟橋の建設が想定されている

12月18日の日米合同委員会で米海軍佐世保基地にある前畑弾薬庫が日本側に返還されることが合意された。
前畑弾薬庫の返還については、佐世保市の「返還要求6項目」にも盛り込まれていた施設で、弾薬庫の施設が住宅地に隣接していたことから、安全対策上からも早期の閉鎖と返還が求められていた。
日米間の返還に向けた動きは2000年2月、防衛施設庁の基礎調査が始まった頃から現実化していた。

 佐世保基地には市街地に近い前畑弾薬庫と佐世保湾の奥にある針尾島弾薬集積所という2つの弾薬施設があるが、いずれも明治時代から運用されている施設で、トンネルとパゴダ式と呼ばれる土塁で囲まれた施設が主要な保管場所となっている。特に針尾島弾薬集積所は名前のとおり「野積み」を前提にした施設で、佐世保基地にはミサイルなどの高性能爆弾(HEA)をまとめて保管する場所はない。
 このため、必要量だけを弾薬補給船で運搬することになるが、佐世保基地には大型の艦船が荷役できる岸壁がないため、明治時代と同様に沖合に停泊した補給・輸送艦から艀(バージ)で弾薬施設まで輸送している。

 今回の前畑弾薬庫の返還合意には、沖縄・普天間基地の返還などと同じく「代替施設」という名目で針尾島弾薬集積所の敷地に新しい弾薬施設の提供が求められている。
 その規模や内容は不明だが、1984年マスタープランによると以下の施設が求められている。
1、空調設備(温度調整設備)の整った複数の保管施設
2、大型輸送艦(3万トン級)が接岸できる桟橋
3、高速荷役設備
4、その他付帯設備
 もう少し詳しく見ると、現在の岸壁(長さ50メートル、水深5.5メートル)に替わる全長300メートル、水深11メートルの荷役設備がついた桟橋を求めているということだろう。

 これが移転返還の条件とするならば、保管施設の規模は広島や沖縄には及ばないものの、海上輸送能力では日本最大の弾薬設備となることになる。
これでは返還というよりも「強化・恒久化」といったほうがいいだろう。
ちなみに、97年6月以降、佐世保基地の弾薬管理部隊は岩国に移動し、現在はいない。
保管可能量は4万6千トンだが、リムピースの調査では現在の保管量は揚陸艦用の銃・砲弾や信号弾などを中心に6千トン以下と思われる。

(RIMPEACE編集委員・佐世保)


針尾島弾薬集積所全景


'2005-12-26|HOME|