強襲揚陸艦トリポリ、中東から帰還

米海軍佐世保基地平瀬岸壁に接岸したトリポリ(26.7.27 篠崎 撮影)

飛行甲板にはMH-60Sだけが係止されている(26.7.27 篠崎 撮影)
米国とイスラエルによるイラン攻撃作戦「Epic Fury」に派遣されていた3隻の揚陸艦のうち、強襲揚陸艦トリポリ(Tripoli LHA-7)が佐世保に戻ってきた。
トリポリは第11揚陸艦隊(Amphibious Squadron (PHIBRON) 11 )の旗艦としてドック型輸送揚陸艦ニューオルリンズ(New Orleans LPD-18)やドック型揚陸艦ラシュモア(Rushmore LSD-47)と共にアラビア海北部(オマーン湾)に展開していた。
1月16日に佐世保を出港したトリポリは、中東に派遣される前、2月11日から3月9日まで行われたアイアン・フィスト(Iron Fist)訓練に参加した後、ニューオルリンズと共に中東に向かい、3月下旬からアラビア海北部で作戦に従事していたようだ。
しかし、6月30日には現地でアブラハム・リンカーン空母戦闘群、ジョージ・ブッシュ空母戦闘群と共に記念撮影(PHOTOEX)に参加した後当該海域を離れ、7月13日インドネシア・スンダ海峡を通過した後、7月22日から25日まで沖縄・ホワイトビーチ基地で海兵隊と装備を下していた。
期間中の任務は、偵察・監視のためのプラットフォームとほかの艦船への補給などだったようで、幸い、地上戦闘に加担することはなかったようだ。
在日米海軍基地に前方配備されている艦船は、通常は日米安保条約の「極東条項」に基づいて日本防衛のためという縛りで東アジアに展開するのが通常だった。
しかし今回はインド洋を超え、遠く中東にまで派遣されたことは、日本国民の資産(基地提供と税金など)で手厚く補償された組織の目的外使用に他ならない。
在日米海軍基地に配備されている部隊(空母戦闘群=CSG、遠征打撃群=ESG)が「極東」を超えて出かけたのは2004年8月に空母キティホーク(Kitty Hawk CV-63)(当時横須賀配備)と強襲揚陸艦エセックス(Essex LHD-2)(当時佐世保配備)がイラク戦争のためペルシャ湾に出かけて以来のことで、22年ぶりとなる極めて異例のことだ。
トリポリが接岸した平瀬岸壁には多くの家族が出迎えに来ていた。通常の航海では見かけない光景で、危険な任務だったと家族も認識していたのだろう。
ちなみに、22年前の2004年8月13日に沖縄国際大学に墜落した米軍の大型ヘリCH-53はイラク戦争に出向くエセックスに搭載するため準備していたが、整備不良のため訓練飛行中に墜落したことが米軍の事故報告書で明らかになっている。
(RIMPEACE編集委員・佐世保 篠崎正人)

岸壁には多くの家族が出迎えに来ていた(26.7.27 篠崎 撮影)
2026-7-28|HOME|