2011年4月 佐世保 米艦船在港状況 Y:横須賀、WB:ホワイトビーチ、NH:那覇軍港、IW:岩国、BS:釜山
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ESSEX (LHD 2) WB WB in 揚陸艦
DENVER(LPD 9) 揚陸艦
HARPERS FERRY (LSD 49) WB WB WB in 揚陸艦
TORTUGA (LSD46) Yin out in out   揚陸艦
GUARDIAN (MCM5) 掃海艦
PATRIOT (MCM7) 掃海艦
GERMAN TOWN (LSD 42) WB WB WB in 揚陸艦
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AVENGER (MCM 1) out WB 掃海艦
DEFENDER (MCM 2) 掃海艦
LASSEN (DDG 82) 駆逐艦
CARL  BRASHEAR (T-AKE 7) out Yin Y Y Y out in 貨物弾薬補給艦
IMPECCABLE(T-AGOS 23) out in out 音響測定艦
ABLE (T-AGOS 20) out 音響測定艦
HENSON (T-AGS 63) out WB WB 海洋調査船
BRIDGE (T-AOE 10) in 高速戦闘支援艦
PECOS (T-AO 197) in out in o/i out WB WB タンカー
PASADENA (SSN 752) i/o 原潜
STOCKDALE (DDG 106) in out 駆逐艦
GEORGE WASHINGTON (CVN 73) in out in out Yin Y Y Y Y Y Y Y Y Y Y 空母
RICHARD E BYRD (T-AKE 4) in out Yin out WB WB in out 貨物弾薬補給艦
MATTHEW  PERRY (T-AKE 9) in out 貨物弾薬補給艦
RAPPAHANNOCK (T-AO 204) in out in out in タンカー
MUSTIN (DDG 89) Y Y Y Y Y Y Y Y in out Yio 駆逐艦
MARY SEARS(T-AGS 65) in out 海洋調査船
GRIDLEY (DDG 101) WB WB in out 駆逐艦
SANTA FE (SSN 763) WB WB in out 原潜
RONALD REAGAN (CVN 76) in out 空母
CHANSELLORSVILLE (CG 62) in out 巡洋艦
PREBLE (DDG 88) in out 駆逐艦
TRANSPACIFIC (T-AO) in out タンカー
EFFECTIVE (T-AGOS 21) in 音響測定艦
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 東京電力福島第一原子力発電所で起きた放射能漏れ事故が佐世保を直撃した。横須賀など首都圏の居住する米軍人の家族や軍属などが 国務省の「非戦闘員退避プログラム」に基づき出県から脱出し、事実上、米海軍横須賀基地が機能を停止する事態となる中、東アジアで司 令部機能を保持できるのは佐世保基地だけとなってしまった。
 この状態は国務省が4月16日になって「劇的に放射能環境が改善した。」として退避勧告を解除してようやく収まったようだが、その 影響は今も残っている。

1、首都圏の米国人に放射能被害を考慮して退避勧告が出された後、3月21日に横須賀かで定期メンテナンス中の原子力空母ジョージ・ ワシントン(George Washington  CVN-73)と駆逐艦ラッセン(Lassen DDG-82)が退避していた。このうちラッセンは3月25日に 佐世保に寄港したが、ワシントンは四国沖の洋上で定期修理を継続していた。しかし、修理作業の進捗状況に合わせて作業員の交代や備品 などの物資を交換する必要から2週連続して寄港するという、これまでにない事態となった。

2、一方、福島原発事故の放射能飛散地域から脱出し岩手県の沖合いに移動していた原子力空母ロナルド・レーガンは4月上旬には現地を 離れ、インド洋でインド海軍との共同訓練「マラバール2011」に参加していた。その後レーガンは休養などの名目で4月19日に佐世 保に寄港した。地元のマスコミは何を勘違いしたのか、「トモダチ作戦の主軸」とレーガンを持ち上げ歓迎ムードをお膳立てした。
しかし、空母は爆弾は投下する戦闘機は搭載していても救援物資を輸送する手段を持たない。レーガンが果たした役割は一時的な自衛隊の 輸送ヘリのプラットホームでしかなかった。レーガンの艦長も主力となった揚陸艦隊の手前、「少ししか・・・」と恐縮していたようだ。

3、三週間連続して火曜日に原子力空母が寄港したほか、原潜もパサディナとサンタフェが合計7日間寄港した。この結果、原子炉が14日 間も佐世保に設置されていたこととなったが、佐世保では米軍は「原子炉事故はない」として原子力防災訓練に参加していない。

4、救援作戦の主力となっていた揚陸艦隊は4月11日以降、相次いで戻ってきたが、こちらには「歓迎」はなく、マスコミや一部政治家の キャンペーンの前で活躍ぶりも消えてしまった。

5、福島原発の放射能漏れ事故の影響で横須賀基地が機能不全に陥った結果、横須賀に配備されている駆逐艦やその他の補助・補給艦船も 佐世保に集中的に寄港した。この結果、4月中に入港した米軍艦船は25隻(作戦艦10隻、補給艦船12隻、補助艦船3隻)となった。 (母港艦を除く)


2011-5-3|HOME|