2004年の米海軍佐世保基地

入港艦船数の動き(年間比較)

04年各月の動き

@、戦闘艦

A補助・補給艦船

B補助・補給艦船の在港日数(月別)


2004年の米海軍佐世保基地は米軍再編の方針によるものだろうが、補助・補給艦船の2001年と2004年の停泊日数を比較してみると、これまでとは大きく変わった動きを示した。

これまでも佐世保港に出入りする米軍艦船は測量艦や燃料補給艦のような補給・補助艦船が半数以上を占めていたが、入港目的が情報や指令の受け渡し、物資の補給、燃料などの搬入・搬出であり、ほとんどが2〜5日間停泊するケースがほとんどであった。

97年以降、周辺の海洋調査や海底地形の測量のために入港回数が増加したパスファインダークラスの測量(海洋調査)艦も情報の受け渡しや物資の補給を済ませると直ちに出港することはほとんどであった。
同様のことはヘンリー・J・カイザークラスの燃料補給艦、キラウエア級の弾薬補給艦、マーズクラスの戦闘補給艦にも当てはまる。
しかし2004年は入港回数(隻数)はこれまでと大きな変化はなかったものの、いずれも長期に停泊するケースが目立ってきた。
特に測量艦は佐世保の民間造船所に定期修理のためにドック入りしたり、同時に3隻が長期に停泊したこともあり、停泊日数の合計を大きく膨らませている。

燃料補給艦は乗組員の話では「佐世保に1隻が常駐する体制になった。」こともあり、燃料貯蔵所がある赤崎岸壁に停泊し、横須賀から空母や巡洋艦などの洋上戦闘艦が出港するまで待機するようになったため、佐世保での停泊日数増加につながった。

マーズクラスの戦闘補給艦もサンノゼが赤崎岸壁に停泊、待機するケースが増えた結果、佐世保港では見慣れた船の1隻になってきた。

もう一つの特徴は、事前集積艦に分類されている貨物輸送艦の入港回数と停泊日数の増加である。
これまでも事前集積艦が佐世保港に入港することはあったが、それは東南アジアや韓国など、日本周辺での軍事訓練あるいは作戦行動に関連し、一時的に待機することが目的であった。
ベトナム戦争が終わり、佐世保に駐留していた米海軍第3補給戦隊が本国に引き揚げて以降、もっとも停泊日数が増加したのは94年の朝鮮半島危機の折、MPS(海兵事前集積艦隊)に所属する事前集積艦が約1ヶ月間停泊したときと、2001年4月に起きた米海軍偵察機EP3Cが中国空軍機と接触し、中国・海南島に不時着したときに、機体の収容を目的に佐世保港で待機したときが目立つ程度であった。
また、これまで佐世保港に姿を見せていた事前集積艦のほとんどがMPSに所属する4万トン前後の貨物輸送艦であったのに対し、昨年入港した事前集積艦は陸軍用の戦闘物資を積載したAPS(洋上事前集積艦隊)が大半に替わった。しかも、近年配備が始まったばかりの新鋭艦(ボブ・ホープ級、ワトソン級)で、韓国駐留陸軍の支援を念頭に配備されていた艦隊である。
日本周辺で大規模な軍事訓練や作戦が行われていない状況の中での入港と長期の停泊は、これまでにない動きである。

結論を出すわけではないが、補助・補給艦船の寄港パターンの変化は新たな海軍戦略「シーパワー21」によるものであり、事前集積艦の動きは朝鮮半島をはじめとする米陸軍の再編を念頭に置いた動きと見るのが妥当だろう。

今、話題になっている米軍の再編成のなかで「佐世保」という文字は見当たらないようだが、データで見る限り、米海軍佐世保基地をめぐる「再編」は急速に動いているといえる。(RIMPEACE編集委員・佐世保)

04年と01年の比較

C車両貨物輸送艦(事前集積艦を含む)の在港日数比較

D戦闘補給艦の在港日数比較

E弾薬補給艦の在港日数比較

F燃料補給艦の在港日数比較

G音響測定・測量艦の在港日数比較 

'2005-1-22|HOME|