2003年の動き【米海軍佐世保基地】

1、2003年の佐世保基地は米英などの同盟軍による中東・イラクへの攻撃に深くかかわった動きを見せた。すでに燃料輸送の実態については報告していたが、年間の主要艦船の入港数を25%も押し上げた原因は補給関係の動きだった。

その中でも「洋上補給艦」に類別される、空母など艦隊の外洋での行動を支援する燃料、食料、弾薬、被服、スペアパーツ補給を任務とする艦船の入港数が際立って増加した。

 その主な理由はインド洋に出かけた空母キティホーク艦隊への支援およびその穴埋めに日本周辺に展開した原子力空母艦隊への支援である。

 佐世保基地から備蓄燃料のほか生鮮食料を運び出す戦闘補給艦の入港は原子力空母が展開していた3月から8月まで続いた。

2、あまり目立たない存在だが、大型の車両貨物輸送艦(RO−RO)の入港数も2002年から増加している。今年もイラク攻撃とは関係なく入港数が増加したが、特徴的なのは大型の陸軍事前集積船(APS)が頻繁に出入りしたことだ。

これまで「海軍基地」である佐世保には海兵隊の事前集積船(MPS)が姿を見せることはあっても、陸軍の事前集積船が姿を見せることはまれだった。

これは周辺での軍事訓練の関係というよりも、韓国での米軍基地整理と関係しているのではないだろうか。

3、弾薬補給艦(AE)が目立って増加したが、貨物輸送艦(T−AK)とともに、大半が前畑と針尾にある弾薬施設から機材を搬出するための入港であった。関連して、弾薬の搬入量が少なくなった関係だろうか、不良弾薬処理の回数は年間で1回だけだった。

4、佐世保基地に配備されている揚陸艦隊の動きはほぼ、通常の作戦や訓練のための動きだった。一時期うわさされた「イラク出撃」ということもなかったが、3月と10月にはルーキーの海兵隊員約3000名ずつを乗せて戻ってきた。米本土での訓練が終了した新兵をグアムや沖縄での訓練に連れてきたようだ。

5、日本海から東シナ海、南シナ海にかけた海洋調査活動は相変わらず活発に行なわれているようだ。原潜の入港前後には測量艦も姿を見せている。

 原潜と測量艦がペアを組んで海流や海底地形、地質調査を繰り返している様子が確認できる。調査時には「ノイズ・メーカー」と呼ばれる高周波発信機や爆薬による調査を行なっているが、海洋哺乳類への影響が大きいということで米本土周辺では環境保護団体から訴訟を起こされている。
 日本周辺では放任されているようだ。

(RIMPEACE編集委員・佐世保)