フォレジャー21演習を振り返る(3)

横浜から「出撃」した輸送艦


7月3日、横浜港の民間ふ頭である鈴繁埠頭に停泊中の米海軍大型輸送艦フィッシャー。手前は横浜ノースドック。
フィッシャーの甲板の前側にMCSが載っている(赤丸で囲った部分)。(2021.7.3星野撮影)


7月5日、出港前のLCUカラボザ。(7.5星野撮影)


手前は米陸軍揚陸艦ウィリアム・B・バンカーで、その斜め前方にいるのが輸送艦フィッシャー。フィッシャーの甲板上には、MCSやWTが重ねて置かれているのが見える。
米陸軍HP 2021.7.22記事 「8th TSC draws Army preposition stock in support of Defender Pacific 2021」より写真引用。(7.16テニアンで撮影)

 「フォレジャー21」演習の準備の一環として、米海軍大型輸送艦フィッシャー(T-AKR 301)が7月1日に横浜港の民間埠頭である鈴繁埠頭に接岸し、横浜ノースドックに備蓄されているMCS(Modular Causeway System:組み立て式の筏あるいは桟橋)などを積んで7月5日の未明、横浜港を出港した。同じ7月5日の日中には、LCU(米陸軍大型揚陸艇)カラボザも、複数のコンテナハンドラーを積んで横浜ノースドックを出港した。

 両艦が向かった先は、グアム島やその周辺のマリアナ諸島。米軍の新しい戦争スタイルのテストである「フォレジャー21」演習の、作戦行動の基盤となる資材などを備蓄元の横浜から運んだのだった。横浜ノースドックで準備作業と事前訓練を行っていた第7輸送旅団の兵士たちも両艦に分乗していったのだろう。

 AIS(船舶自動識別装置)の情報によれば、フィッシャーは、7月中旬から下旬にかけてサイパン沖あるいはテニアンに滞在し、その後、7月末頃にはグアム島に入港したことになっている。また、7月5日に横浜を出港したカラボザの行き先はグアムだった。

 米陸軍HPの7月22日付け記事「8th TSC draws Army preposition stock in support of Defender Pacific 2021」には、フィッシャーが7月16日に米陸軍揚陸艦ウィリアムBバンカーの前方にいる写真が掲載されている。ということは、フィッシャーは、7月中旬にテニアンでMCSやWT(Warping Tug:組み立て式のタグボート)を使った訓練に参加していた可能性がある。

 結局、フィッシャーとカラボザは、戦争を遂行するための基本的なインフラを横浜で積んで、極東を出て太平洋の島に「出撃」した、ということだ。とりわけフィッシャーは、横浜港の、米軍基地ではない民間ふ頭からの「出撃」だ。

 戦争の出撃拠点となることは、「平和都市宣言」(1970年年12月7日)や「非核兵器平和都市宣言」(1984年10月2日)を決議し、また、国連から1987年に「ピースメッセンジャー」の称号を授与されている横浜市として、ふさわしいことなのだろうか。

(RIMPEACE編集部 星野 潔)


左が輸送艦フィッシャーの甲板上に積み重ねて置かれているMCSやWT。右が海面に降ろされたWT(向こう側)とMCS(こちら側)
(在日米陸軍フェイスブック7月20日付け記事に掲載された写真)


グアム島でLCUカラボザに車両を積み込んでいる。甲板上にはコンテナハンドラーが見える。
米陸軍HP 2021.7.22記事 「8th TSC draws Army preposition stock in support of Defender Pacific 2021」の写真引用


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