米民間船、陸軍装備を米本土から横浜ND経由で「第1列島線」の演習に(3)


4月17日、補給船シーコア・リーに民間大型クレーンバージがHEMTTトラックを積み込む(24.4.17 星野 撮影)


4月18日、横浜NDでの積み込み作業を終えて去っていくクレーンバージ(24.4.18 星野 撮影)


横浜NDでの荷役作業を終えて出港まで待機するシーコア・リー(24.4.19 星野 撮影)

4月16日から20日にかけて横浜ノースドックに寄港した米民間補給船シーコア・リー(SEACOR LEE T-AK)は、横浜で装備の積み込みも行った。

4月17日から18日にかけてシーコア・リーが横浜ノースドックで積み込んだのは、4月16日の時点で既にこの船の横に並べられていた軍用車両やコンテナなどだ。

それらの装備のうち、2台の暗緑色のハンビーと1台の砂漠塗装のハンビーは、4月3日からノースドックの埠頭先端部に置かれていたものだ。
相模補給廠監視団からの情報によれば、これらのハンビーは相模総合補給廠から運ばれてきたものだ。
というのは、まさに4月3日に、これらのハンビーが相模総合補給廠からトレーラーに載せられて横浜ノースドックに運ばれているのを、相模補給廠監視団が発見し撮影したからだ。

それら3台のハンビー以外はいずれも、昨年9月に奄美大島で行われたオリエントシールド演習で陸軍揚陸艇による奄美大島への揚陸訓練で使用された後、同じ演習で使用された高機動ロケット砲ハイマースなどとともに昨年9月27日に、横浜ノースドックに揚陸艇で搬入されて並べられていたものだ。

奄美大島から昨年9月27日に横浜に搬入された装備のうち、2門のハイマースや一部の車両は、昨年12月24日に横浜ノースドックに入港した米国船籍の自動車運搬船リバティープライド(LIVERTY PRIDE T-AK)によって、海兵隊の車両などとともに船積みされて12月27日に那覇軍港に運び込まれていた。

そして、残された軍用車両やコンテナのうち、1台の軍用車両以外のものが、4月17日から18日にかけてシーコア・リーに積み込まれたのだった。

その、残りの1台の軍用車両は4月25日に兵站支援艦「ブレホン・B・サマーヴェル大将」(GENERAL BREHON B. SOMERVELL LSV 3)に積み込まれて、那覇軍港に運ばれたことは既に別の記事で説明した。

2018年10月、米陸軍第1軍団前方司令部の司令官が時事通信のインタビューに答えて、「横浜ノース・ドックは本州にある在日米陸軍の港の中で、RSOIを実行する上で最も重要な拠点だ」と発言している。RSOIとは、「Reception(受け入れ)、Staging(駐留作戦準備)、Onward Movement(前方展開)、Integration(戦力統合)」を表す軍事用語だ。 (時事通信HP https://www.jiji.com/jc/v4?id=20181118campzama0003 参照)

今回のシーコア・リーの行動は、横浜ノースドックが「在日米陸軍」にとどまらず、インド太平洋、とりわけ「第1列島線」での米軍の軍事行動におけるRSOIの拠点として使用されることを示しているのではないだろうか。

(RIMPEACE編集部 星野 潔)




4月3日、横浜ノースドックの埠頭先端近くに並べられた3台のハンビー(24.4.3 星野 撮影)


4月3日、相模総合補給廠から民間トレーラーに載せられて横浜ノースドックに向かうハンビー(24.4.3 相模補給廠監視団 撮影)


昨年9月27日に搬入された後、12月まで横浜NDに並べられていたロケット砲ハイマースや車両、コンテナの列(23.12.21 星野 撮影)


昨年12月24日横浜NDに入港し、上記のハイマース及び数台の車両を、富士山麓から運ばれてきた海兵隊の車両とともに積み込んで、
那覇軍港に運んだ米国船籍の自動車運搬船リバティープライド(23.12.24 星野 撮影)


リバティープライドによる搬出後も、今年4月15日までこの場所に並べられていた車両やコンテナ。
これらのうち1台のトラック以外は皆、シーコア・リーに積み込まれた(24.4.15 星野 撮影)


4月16日、1台の砂漠色のトラックを残して、車両やコンテナは埠頭先端部に停泊したシーコア・リーの横に運ばれた(24.4.16 星野 撮影)


2024-5-19|HOME|