横浜ノースドックから中国に渡った揚陸艇


軍用車両を多数積んで横浜ノースドックに停泊する、かつての米陸軍揚陸艇シダーラン(19.4.1 星野 撮影)


シダーランは左の2隻の揚陸艇とは異なり、艦橋後部に大きなレドームを設置するなどの改良工事は行われなかった(18.2.21 星野 撮影)


手前の揚陸艇ブロードランの向こうに接舷しているのが、少なくとも2021年まではシダーランと呼ばれていた揚陸艇。艦橋横の「10」という数字でそれが分かる。
2022年11月1日の撮影(22.11.1 星野 撮影)

しかし、艦橋横の、シダーランの艦名が書かれたプレートが既に外されているのが分かる。
2022年11月2日の撮影(22.11.2 星野 撮影)


2022年にガンビア共和国の船籍に異動したが、それ以降も横浜ノースドックに係留され続けたかつての「シダーラン」。
船体の前方側面に「LEBBIE」という名前が書かれている(23.7.8 星野 撮影)


船体の後部、こちらから見て右側にも「LEBBIE」という名前が書かれている(24.3.22 星野 撮影)


タンカーの向こうに停泊しているのが2024年7月2日の揚陸艇レビー(LEBBIE)。
この月にレビーの船籍がセントキッツ・ネイビスに異動し、国土交通省によればこの日、関東運輸局の外国船舶監督官が乗船して検査を行った(24.7.2 星野 撮影)


手前の揚陸艇が、国土交通省の検査により出港差し止めの処分を受けたレビー(24.7.31 星野 撮影)


出港前日、2024年10月4日の揚陸艇レビー。翌10月5日に米軍基地横浜ノースドックを発ち、中国に向かった(24.10.4 星野 撮影)

2024年10月5日、1隻のラニーミード級揚陸艇が横浜ノースドックを出港した。
AIS(船舶自動識別装置)に表示されたこの揚陸艇の目的地は、中国の福州港だった。
そして10月12日に実際に到着したのは、中国の寧徳港だった。

寧徳に到着後、何日ものあいだ沖泊まりをしていたが、やがてBaima riverに入って河口を何キロもさかのぼったところに接岸したことがAISで確認できた。
地図を見ると、近くには造船会社「福建福寧船舶重工」があるようだ。
この揚陸艇の中国・寧徳への入港の目的とこの造船会社は何らかの関係があるのだろうか。

横浜ノースドックから中国に直行したこの揚陸艇は、少なくとも2021年まではシダーラン(CEDAR RUN LCU 2010)と呼ばれていた米陸軍ラニーミード級揚陸艇の10番艦だ。
シダーランは、米陸軍APS(Army Prepositioned Stock:陸軍事前配備貯蔵)の拠点の一つとなった横浜ノースドックに2002年8月から04年9月にかけて搬入され「備蓄」されていた32隻の舟艇等のうちの1隻だ。
ただし、搬入時に米軍は、横浜ノースドックの揚陸艇は「運航しない」と約束していたはずだが、実際には、約束は守られていなかった。
シダーランも、しばしば米陸軍の小型輸送船として運航されていた。

しかし、横浜ノースドックに搬入され「備蓄」されていた10隻のラニーミード級揚陸艇のうちの多くは、2010年代後半に艦橋後部に大きなレドームを取り付けるなど通信機能等の改良工事を受けていたのだが、シダーランは改良工事の対象にはなっていなかった。
米陸軍の「現役艦」としての使用期間を延ばす意味を持つ工事の対象から外されていたシダーランは、横浜ノースドックに新たに編成された揚陸艇部隊の使用艦艇の構想からも外されていたのだろう。

その後、シダーランは、揚陸艇部隊の構想から外されただけでなく、米陸軍所属艦艇からも外されたようだ。

船舶位置情報検索アプリのVesselfinderの情報によると、シダーランは、2022年1月にレビー(LEBBIE)という名前になり、同年7月には西アフリカにあるガンビア共和国の船籍になった。
ガンビア共和国がこの揚陸艇を米軍から購入したのか、あるいは米軍からガンビアに譲渡されたのかどうかは、今のところ不明だ。
しかし、ガンビア船籍になったにもかかわらず、この揚陸艇は相変わらず横浜ノースドックに係留され続けた。

さらに奇妙なことに、この揚陸艇レビーの船籍は、2024年7月には西アフリカのガンビア共和国からカリブ海の西インド諸島の島国セントキッツ・ネイビス(セントクリストファー・ネイビス)に再度異動している。
ガンビアからセントキッツ・ネイビスへの船籍の異動が譲渡によるものなのか、あるいは「転売」によるものなのかも、今のところ不明だ。

しかし、セントキッツ・ネイビス船籍になっても、この船は米軍基地横浜ノースドックに係留されたままだった。

つまり、日米地位協定によって米軍に提供された施設であるはずの横浜ノースドックに、2年以上にわたって米国とは無関係の国の揚陸艇が停泊し続けていたということなのだ。

船籍がガンビアからセントキッツ・ネイビスに再異動した2024年7月には、この揚陸艇をめぐる「事件」も起きている。
7月に、日本の国土交通省関東運輸局の外国船舶監督官が、船舶の構造・設備の状態、船員の資格等について、関係する国際条約の基準に適合しているかどうかを検査する「外国船舶監督(PSC:ポートステートコントロール)」をこの揚陸艇レビーを対象に実施したのだ。

なぜ、2024年7月に突然、米軍基地に係留されている揚陸艇レビーを対象に検査を行ったのか、国土交通省に電話で尋ねたのだが、「情報が寄せられたから」という以上の答えはなかった。

しかし、それはともかくとして、国土交通省によれば検査は2024年7月2日に監督官が横浜ノースドックに係留されているレビーに直接乗り込んで行ったという。

つまり、日本の国土交通省の担当者が、米軍基地である横浜ノースドックの中に入って、そこに係留されているセントキッツ・ネイビス船籍の揚陸艇に乗り込んでPSCの検査を行ったのだ。その際、米軍から基地への入構や乗船を拒否されるようなことはなかったという。

検査の結果、「船員の資格証明書の不備」という重大な欠陥が発見され、その是正が行われるまで出港を差し止める処分が行われた。
レビーに対してこの処分が行われたことは、8月13日にプレスリリースとして横浜海事記者クラブや神奈川県政記者クラブ、物流専門紙に発表された。

国土交通省によれば、処分解除の時期については改めて発表することはないようだ。
揚陸艇レビーが10月5日に出港したということは、それまでに上記の欠陥は解決され、出港差し止め処分は解除されていたということなのだろう。
この揚陸艇は本格的な出港前の9月21日に、試験航海あるいは訓練のためにごく短時間横浜港の外に出ていたので、それまでに処分は解除されていたのだろう。

そして、10月5日に横浜ノースドックを出港して、10月12日に中国の港に到着した。

しかし、腑に落ちない点が少なくとも2つある。

まず、これは既に指摘したことではあるが、Vesselfinderに掲載されている情報によればこの揚陸艇は2022年7月には、米軍の保有する船ではなくなり、日米安保条約や日米地位協定とは無関係の国の船になっていたはずだ。
にもかかわらず、なぜ、その後も引き続き2年以上に渡って米軍基地横浜ノースドックに居座り続けることができたのだろうか。どうしてそれが見過ごされていたのだろうか。
まさに日米地位協定や日米安保条約に違反する行為ではないか。

もう一点は、この揚陸艇が中国に向けて米軍基地横浜ノースドックを出港したことを、米軍が知らなかったはずはないにもかかわらず、それを止めなかったということだ。

横浜から中国に渡った元米陸軍揚陸艇シダーランは、確かにレドームの新設等の「現代化」工事は行われなかった船ではあるが、船体の構造や基本性能等は、他のラニーミード級揚陸艇と同じはずだ。そして、ラニーミード級揚陸艇は、建造からかなりの年月が経っているとはいえ、現時点における米陸軍揚陸艇部隊の「主力」装備だ。
その米陸軍揚陸艇部隊は実質的に、米海兵隊の対中国戦争構想の主要な柱の一つであるEABO(機動展開前進基地作戦)の、少なくとも現時点における輸送担当部隊に位置付けられているはずだ。そしてその「主力」となる揚陸艇の基本性能は、重要な軍事的意味を持つ情報であるはずだ。EABOを米軍自身が担い手となって実施しようとしているならば。
にもかかわらず、他国の船籍になったとはいえ現時点における「主力」の揚陸艇と同型の船を中国に実質的に「渡す」こと、しかも米軍基地から直接中国に送ることを、中国を最大の競争相手とみなして軍事活動を展開する米軍が妨げなかったのだ。

日本の防衛省は、「米軍の輸送能力が明らかになってしまうから」などと言って、ラニーミード級揚陸艇のどの船が横浜ノースドックの揚陸艇部隊に所属しているのかという質問にすら答えない。
そして、横浜市の基地対策課もその説明を鵜呑みにしている。
日本側がそれほどまでに「秘密」だというラニーミード級揚陸艇を、当の米軍は鷹揚にも実質的に中国に渡すことを許しているのだ。
なぜなのだろうか。随分奇妙なことがあるものだ。

(RIMPEACE編集部 星野 潔)


揚陸艇レビーの検査を行い、出港差し止め処分にしたことを公表した、国土交通省関東運輸局の外国船舶監督官の2024年8月13日付けプレスリリース


2025-1-1|HOME|