ミゲル・キース、日本の民間工場での米軍艦初の定期オーバーホールだった
三菱重工横浜製作所本牧工場で大規模な定期オーバーホールを行っていた遠征海上基地ミゲル・キース(25.2.18 星野 撮影)
米海軍遠征海上基地ミゲル・キース(MIGUEL KEITH ESB 5)は5月5日に横浜ノースドックを出港し、佐世保に向かった。
このミゲル・キースの昨年11月から今年4月までの三菱重工(MHI)横浜製作所本牧工場での整備工事について、本HPのこれまでの記事ではMTA(Mid-term Availability:中間整備工事)と書いてきた。
しかし実際には、この工事は、日本の民間企業初の米軍艦の定期オーバーホール(ROH: Regular Overhaul)だったことが、米インド太平洋軍(USINDOPACOM)HPの記事などから分かった。
米インド太平洋軍HPの5月2日付け記事「USS Miguel Keith completes ROH at MHI」(ミゲル・キース、三菱重工で定期オーバーホールを完了)によると、ミゲル・キースは4月15日に横浜の三菱重工で5ヶ月に渡る定期オーバーホールを終えた。
今回のミゲル・キースのROHは、日本の造船所(厳密に言えば、三菱重工横浜製作所本牧工場は新造船事業を行わない工場なのだが)がこの規模のROHを入札して、受注した初のケースなのだという。
三菱重工横浜製作所本牧工場は、2019年5月にイージス駆逐艦ミリウス(MILIUS DDG 69)の整備工事を行ったのを契機として、近年、米海軍の給油艦などの整備工事を頻繁に行うようになった。
しかし、インド太平洋軍HPの記事によれば、これまで三菱本牧工場などで繰り返されてきたのは航海修理(VR: voyage repair)であり、今回のミゲル・キースのROHはVRをはるかに上回る規模の初の工事だった。
そもそも米国法(合州国法典第10編第863条)によれば、米海軍は、VRを除き米国外にある外国が所有・運営する施設で自国の艦艇のオーバーホール、修理、または整備を行うことが禁じられている。
しかし、今回のROHは、工場での整備に要する期間が6か月以内であり、そしてミゲル・キースが15か月以内に米国に帰還する予定がないという2つの事情から例外とされ、この法律の規定は適用されなかったという。
インド太平洋軍HPの記事などによれば、ミゲル・キースの今回のオーバーホールでは、飛行甲板と「ミッション・デッキ」を合わせて約4,500平方メートルの滑り止めが交換され、調理室、食器棚、洗濯室、バースエリアを含む29のスペースでも、デッキの交換と保護工事が行われた。
また、艦の前部にあるデッキハウスの上部構造や「MOGASデッキ」などでもメンテナンス工事が行われた(MOGASデッキとは、「Army Recognition」HPの5月3日付け記事「Exclusive: U.S. Navy Vessel USS Miguel Keith Overhaul Marks First Contract with Japanese Shipyard.」によれば、搭乗した部隊のガソリン貯蔵と供給を支援するためのデッキだという)。
さらに、飛行甲板周囲の「キャットウォーク」の手すりを91メートル以上交換したほか、大型ギャレーオーブン4台の交換や、船体全体の再塗装も実施された。
インド太平洋軍HPの前掲記事によれば、今回のミゲル・キースのROHは、米海軍艦船修理廠及び日本地区造修統括本部(SRF-JRMC)のシンガポール分遣隊が計画した1200万ドル規模のプロジェクトだった。そのプロジェクトを三菱重工が受注したというわけだ。
同記事には、「三菱重工業の造船所を利用してこのレベルのメンテナンス業務を実施できたので、横須賀のSRF-JRMCの組織的な人員は、同時に行われている他の3つの艦艇保守業務に集中することができた。(そのため)それらの業務のうちの1つは3日早く完了し、予定外の航海修理2件にも対応することができた」というSRF-JRMC司令官の大佐のコメントが紹介されている。
まさに、米海軍の艦船メンテナンス体制に三菱重工が自ら進んで組み込まれ一体化することによって、米軍の艦船整備能力が拡充されたということだ。
米軍にとっては、かれらの想定する対中戦争の「最前線」である日本列島において、海軍自らの艦船修理廠を増設することなく、そして増設にかかる時間やコストをかけることなく、実質的に艦船修理施設を増やすことが可能になったということだ。
ミゲル・キースのROHを突破口として、米軍は今後、日本の民間企業の工場を実質的に米軍の艦船修理廠として使用する動きを加速させる可能性がある。
しかし、日米地位協定に基づいて米軍に提供されている「施設及び区域」ではない施設を、外国の軍隊である米軍が実質的に艦船修理廠として使用することには法的根拠がなく、許されないはずだ。
民間企業と契約をすれば米軍が勝手にその施設を艦船修理廠として使用することができるというならば、日米地位協定の存在意義そのものが無くなってしまう。「法の支配」を蹂躙する行為だ。
繰り返すが米軍は外国の軍隊であり、一貫して世界各地で戦争を行ってきた軍隊だ。
その米軍に、日本の民間企業が自ら進んで傘下に入って一体化して、「おこぼれ」にありついて金を儲けようというのは、許されないことではないか。
自分の企業が整備した軍艦が他国の軍隊たる米軍によって海外の戦争で使用され、破壊と殺傷の一翼を担った時、その責任をどのようにとるつもりなのだろうか。
そもそも軍艦は兵器だ。「自分たちが整備した兵器をどのように使うかは米軍が決めることで、自分たちの知ったことではない」という無責任な態度をとるべきではない。
それとも、米軍のする戦争は全て「人道」にかなう「正義」の戦いだ、などと主張するつもりなのだろうか。他国の軍隊の行為を、どうして予めそのように主張することができるのだろうか。
また、民間企業の事業所とはいえ、実質的に米軍の艦船修理廠としての役割を果たすということは、当然、米軍の「敵」からの攻撃対象となることを意味する。
そして攻撃は、米軍と契約を結ぶことを決定した経営幹部とそれによって「儲かる」組織や人びとだけを選んで行われるわけではない。
犠牲になるのは、住民や一般の労働者だ。でも、かれらがなぜ大企業の利益のためにリスクを負わなければならないのか。
勝手に一方的に他人にリスクを負わせて金儲けか?あり得ないほど無責任な行為ではないか。やめるべきだ。
(RIMPEACE編集部 星野 潔)
5月5日、横浜港を出港するミゲル・キース(25.5.5 星野 撮影)
本牧ふ頭の沖を通過するミゲル・キース。飛行甲板上には何も積まれていない。
なお、本牧ふ頭D突堤の上に米軍ポリス艇が置かれているのがみえる。5月4日には既にここに置かれていた。
このポリス艇に限らず、本牧ふ頭には、普段から頻繁に米軍のコンテナや車両、ボートなどが搬入されているのが確認できる。
本牧ふ頭は、米軍の兵站活動の拠点として使われているのだ(25.5.5 星野 撮影)
東京湾を南下するミゲル・キース。右前方に観音崎が見える(25.5.5 星野 撮影)
観音崎の沖を通過するミゲル・キース(25.5.5 木元 茂夫 撮影)
2025-5-15|HOME|