「沖縄県道104号線超え実弾射撃訓練」の装備、12月に横浜から搬出


12月10日の朝、横浜ノースドックに入港した自動車運搬船「デイブレイクス・ベル」(25.12.10 星野 撮影)


「デイブレイクス・ベル」のランプウェイ近くには積み込みを待つ軍用車両が並べられ、作業にあたる兵士の姿が見えた(25.12.10 星野 撮影)


積み込みのために並べられた軍用車両。キャンプ富士から海兵隊員を運んできたと考えられるバスも見える(25.12.10 星野 撮影)



日が暮れて夜になっても出港直前まで積み込み作業は続けられていた(25.12.10 星野 撮影)


バックをしながら自走でランプウェイを登っていく軍用車両(25.12.10 星野 撮影)

11月25日から12月5日にかけて北富士演習場で行われた「沖縄県道104号線超え155ミリ榴弾砲実弾射撃訓練」で使用された装備や車両は、12月9日頃から横浜ノースドックに戻ってきた。

12月10日の朝には、プリンス海運の運航する民間の自動車運搬船「デイブレイクス・ベル」が横浜ノースドックのHバースに接岸した。

この船は、普段は、川崎や追浜と仙台、八戸、苫小牧を結ぶ定期航路で日産車を中心とした自動車輸送に使われているローロー船だ。
プリンス海運の12月配船予定表を見ると、「デイブレイクス・ベル」は12月10日から14日までの間は「臨時配船」とされていて通常の自動車輸送業務から外されている。
この間は、米海兵隊のチャーター船として使われていたということだろう。

12月10日の午前中から始まった「デイブレイクス・ベル」への海兵隊装備の積み込み作業は、暗くなっても続けられていた。
「デイブレイクス・ベル」はこの日の19時過ぎに横浜ノースドックを出港したのだが、出港直前、出港支援のタグボートがやって来ても積み込み作業は続けられていた。
積み込み作業は、民間作業員と兵士の共同で行われたようだ。

ところで、「デイブレイクス・ベル」の入港2日前の12月8日の午後に、高速輸送艦グアム(GUAM T-HST-1)が横浜ノースドックのBバースに入港し、翌9日の午後に出港した。その後、11日の朝、那覇軍港に入港している。

12月9日の午前、グアムのランプウェイの近くには、富士山麓から戻ってきたとみられる軍用車両が複数止まっていた。

グアムは12月6日に那覇軍港を出て7日に韓国のポハンに短時間滞在した後、横浜ノースドックにやって来たのだが、横浜に来たのは今回の「沖縄県道104号線超え実弾射撃訓練」で使用された車両の一部を沖縄に運ぶためだったのではないか。
11月に横浜ノースドックにやって来て海兵隊の装備を陸揚げした「しゅれいU」の載貨重量トン数が7600トンであるのに対して、「デイブレイクス・ベル」は載貨重量トン数5280トンと一回り小さい。
そのため、「しゅれいU」が横浜に搬入した装備の全ては「デイブレイクス・ベル」に積み込みきれないため、グアムがやって来て一部を搬出したのではないだろうか(載貨重量トン数のデータは、琉球海運とプリンス海運HPを参照)。

なお、「デイブレイクス・ベル」は12月10日の夜に横浜ノースドックを出港して那覇軍港に向かったのだが、出港直前に暗闇の中で、155ミリ榴弾砲ではない、別の兵器も複数積み込んだ。それについては次の記事で紹介する。

(RIMPEACE編集部 星野 潔)


12月9日の横浜ノースドックのふ頭先端部。北富士演習場から戻ってきた軍用車が見える。トレーラーで運ばれてきた装備を降ろすためのクレーンも待機している(25.12.9 星野 撮影)


12月9日、北富士から戻ってきた軍用車両が並ぶ(25.12.9 星野 撮影)


演習場から装備を運んできたとみられる民間運送会社のトレーラー(25.12.9 星野 撮影)


ここにも軍用車両が並べられているのが見える(25.12.9 星野 撮影)


12月8日の午後から9日の昼過ぎにかけて横浜ノースドックに寄港した高速輸送艦グアム(25.12.9 星野 撮影)


グアムのランプウェイ近くに置かれた軍用車両。グアムはこれらの車両を那覇軍港に運んだのではないか(25.12.9 星野 撮影)


こちらの車両には「YFUJI」と書かれているように見える(25.12.9 星野 撮影)


12月8日、ふ頭先端部近くに地元の藤木企業のフォークリフト2台が並べられた。荷役作業で使われるものだ。積み込みの準備の一環だったのだろう(25.12.8 星野 撮影)


2025-12-30|HOME|