原子力空母母港化と上空飛行制限(自衛隊機・民間機編)

横須賀総監部前のヘリポートにアプローチする自衛隊のヘリ。原子力空母在港時は基地上空の飛行は禁じられる

日本の原子力安全政策の一つに「原子力施設上空の飛行制限」がある。きわめて不十分なものだが、これを前提とすれば、少なくとも横須賀基地の中に原発を造るなんてことは、始めから排除されるはずだ。
「原子力施設上空の飛行制限」担当者(国土交通省)にとって「不幸」なことは、自衛隊まで巻き込み、米軍にも遵守を要請してきたこの制限が、原子力空母の横須賀母港化という「外部要件」によって踏みにじられることだ。

これまでの安全施策を継続して、思わぬ市民生活への影響や自衛隊機などへの制限を甘受するのか、原子力空母の横須賀配備を「超法規的」なものと捉えて、これまでの安全施策を無にするのか。国土交通大臣はジレンマに悩んでいるはずだ(問題に気付いていれば、の話だが..)
「原子力施設上空の飛行制限」を(当たり前のことだが)きちんと守れば、横須賀市民や関東圏住民、さらには自衛隊機の運用にもどんな影響が出てくるかを考えてみたい。

『原子力施設上空の航空安全確保に関する規制措置については、国の通達(運輸省航空局長から地方航空局長あて「原子力関係施設上空の飛行規制について」昭和44年7月5日付け空航第263号)により、次のとおりとなっています。
ア 施設上空の飛行はできる限り避けさせること。
イ 施設付近の上空に係る航空法第81条ただし書き(最低安全高度以下の高度での飛行)の許可は行わないこと。
県は、国と協力して、この措置の周知徹底に努めます。』

これは他ならぬ「神奈川県地域防災計画」の第2編 原子力施設等に係る事故災害対策 第1章 災害予防対策 第1節 安全確保 5 原子力施設上空の航空安全の確保 (1)規制措置の周知徹底 に述べられていることだ。

原子力空母は(当たり前の話だが)原子炉を積んでいる。横須賀基地が原子力空母の母港となるとは、原子力施設が1年の半分近く横須賀基地の12号バースに出現することだ。
12号バース上空を飛ぶ自衛隊機や民間機に、原発上空の飛行規制と同様の規制がかけられなければならない。

実際にどんな規制がかけられているのだろうか。
「原子炉施設を中心として半径2海里、高度2,000フィートの範囲を訓練空域から除外するということになってございます」(総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会原子炉安全小委員会(第5回) 議事録 より)
「松島基地では、自衛隊機が太平洋上の訓練空域との間を往復する場合、あるいは航空路への出発・進入をする際に、女川原子力発電所を中心とした半径2海里(約3.6キロメートル)の範囲内の上空を飛行しないことにしています。飛行訓練空域への進出、帰投コースは図1及び図2の概念図、視界不良等の場合に航法援助装置を使用して行う計器進入コースは図3のとおりで、これまで一度も女川原子力発電所の上空は飛行していないとのことです。」(原子力だより みやぎ74号 宮城県環境政策部原子力安全対策室)


「原子力施設上空の飛行規制について
 標記については、昭和44年7月5日付空航第263号をもって、航空機による原子力関係施設に対する災害を防止するため、施設付近の上空の飛行はできる限り避けるよう要請し、原子力関係施設の位置等についてはAIPをもって周知してきたところであるが、今般のアメリカ合衆国における連続テロ事件の発生にかんがみ、上記通達の趣旨について再度傘下会員に対し周知徹底するよう取り計らわれたい。
 本件については、航空情報(ノータムRJTD)を発行する予定である。 なお、原子力関係施設付近の上空に係る航空法第81条但し書の許可については、従来通り行わないこととしているので、念のため申し添える。」(国空航第884号 平成13年10月16日 国土交通省航空局長)

「航空法第81条但し書の許可」とは「最低安全高度以下の飛行にかかわる許可」で、横須賀のような市街地では、「エンジンが停止しても安全に降りられる高さ」と「当該航空機を中心として水平600m内の最も高い障害物の上端から300m」の高いほうの高度が有視界飛行中の航空機の最低安全高度となる。

日本政府の方針で自衛隊・民間を問わず「半径2海里、高度2000フィート」と「最低安全高度以下の飛行」が原子力施設上空で禁止されている。
横須賀基地12号バースから半径2海里の円を描くと以下の図となる(地図は横須賀市のホームページのものを使用)。



京急田浦から汐入、横須賀中央を経て堀の内までの市街地がほぼその範囲となる。基地の中の海自のヘリポートや米軍のヘリポートも飛行規制の対象となる。
原子力空母の入港中、横須賀の中心街は「ヘリの飛べない街」となる。海自の艦船に載っているヘリも横須賀港内での離発着が出来なくなる。
原子力空母の導入は日本の安全保障に不可欠だから、ヘリで病人を運べなかったり、交通規制が出来ないなどの不自由は、横須賀市民は耐え忍ぶべきだ、と日本政府は言うのだろうか。
また、ヘリを基地のヘリポートや港内で飛ばせない海自に対して、どうやって「話をつける」のだろうか。

羽田発大型民間航空機の出発経路の下に横須賀基地があることも重大な問題だ。
ハヤマ2ディパーチャーと呼ばれる出発ルートは、羽田発関西方面行きの航空機の標準出発ルートだ。葉山にある電波標識(横須賀VOR/DME)を経由するこの出発ルートは、下のイメージ図より少し南を通り、停泊中の原子力空母の真上を通りかねない。
実際、横須賀基地の上空を通過して西に向かう大型ジェット機をよく見かける。

空自・松島基地の戦闘機よりもはるかに重く、安定飛行になる前の離陸後の上昇中で、燃料もまだほとんど消費していない大型機が、原子力施設の2海里以内をバンバン飛ぶなんて、そんな恐ろしい設定は原子力安全委員会でも「想定外」だろう。
混雑している羽田空港の標準出発経路の一つを原子力空母が入港中に変更しなければならないが、羽田を離陸する民間航空機の運行に及ぼす影響はちょっと想像がつかないほどだ。


「羽田空港について」(国土交通省航空局 H15.6.23)の「羽田空港の現状について」より

民間航空機の運行について、もう一つ問題が残っている。ノータムとして航空局が原子力空母の場所を事前にオープンに出来るか、ということだ。建てられた場所にじっとしている原発とは異なり、原子力空母は(当たり前だが)動く。
横須賀に出入りする原子力空母は、原子炉は稼動中で、しかも弾薬や航空機燃料を積んでいる一番ヤバイ状態だ。2マイル以内を飛行させないようにするには、事前に空母の動くコース・時間を公表しなければならない。
原潜の動きも事前には絶対に発表しようとしない日本政府が、米軍の意向を押し切って空母の動きを事前に発表するとは、とても思えないのだ。事故回避のための情報さえオープンにされないのなら、原子力空母の母港化はきわめて不十分な日本の原子力安全政策政策とさえ対立するものだ。原子力空母が安全だなどという神話は、運用を考えた瞬間に化けの皮がはがれされる。

(RIMPEACE編集部)

'2006-6-8|HOME|