原子力艦船上空飛行制限訴訟 敗訴の記

「本件を上告審として受理しない」
7月21日付けの最高裁判決によって、原子力空母や原潜の上空飛行を制限することを求めた私たちの訴えは、いわゆる「門前払い」の 形で退けられてしまった。「原告適格」の要件を満たさないから、訴えは不適法だ、という地裁、高裁の判決の流れは変えられなかった。

原子力発電所の上空飛行が規制されているのは、航空機が墜落して原子炉が破壊されるなどの被害が生じれば、放射能の被爆により桁違い の被害者を生む原子力災害をもたらすからだ。
同じ原子炉を持つ原子力空母や原子力潜水艦の上空を飛行することも、同じように制限してほしい、というのが私たちの求めたものだっ た。
とりわけ原子力空母の横須賀母港化が強行された2008年9月25日以降は、航空機墜落による原子力災害が起きる可能性は、母港化 以前より格段に大きくなっている。
原子力空母は安全だ、と言って母港化を推進した国に、この上空飛行の問題に関して本当に安全だときちんと説明が出来るのかどうか、 訴訟の場で問い糾したかった。

結果として原告適格の要件を満たさないから、という理由で本当に安全なのかどうか、という問いかけ、行政行為に対する疑問は封じられ てしまった。
なぜ、騒音被害を争う場合には原告適格を認めているのに、生命身体の被害については認めないのか。「法律上の利益を有する者」の範囲 をできるだけ狭くしようという意志が働いているとしか思えない判断だ。これが「原告適格の壁」と言われるものだった。

行政訴訟では「原告適格の壁」を突破するのが大変困難だ、という忠告を訴訟を起こす前に受けた。
それでも、行政のやり方がおかしいから、それを是正するためのやりとりは裁判の中で行われるだろうと言う「希望」を捨てずに提訴し た。
やはりだめだったか、という想いと、現実に危険な状況は変わらないのだから、なんとかしなければ、という思いが今、交差している。

この裁判で状況が全く変わらなかったのか、と言えばそうでもないことが一つだけあった。東京地裁の裁判が結審して判決を待っていたと きに、提訴のときの具体例として掲げた、原子力空母の定係場所の12号バースの真上を通過する出発ルートが、やや南に下がる形で変更 された。
その変更の実施時期が、ジョージ・ワシントンが横須賀に入港した2008年9月25日と同じ、というオマケまでついていた。
国側は決して認めようとはしなかったが、この変更が他に理由が無く、私たちが提訴した裁判への影響を考えてのものであったことには 疑問の余地がない。

それでも原子炉に航空機が落下する危険が、横須賀の場合現実に存在することに変わりはない。それは、国の決めた基準からも言えるこ とだ。
「実用発電用原子炉施設への航空機落下確率について」(経産省原子力安全・保安院)の内規に基づき、各電力事業者が算出したそれぞれ の原子炉への航空機落下確率は、「想定される外部人為事象」として設計上考慮を要しない1千万分の1以下になっている。ところが 「横須賀の原子炉」について、羽田空港離発着機などの航空機落下確率を計算すると、この1千万分の1を大きく上回る。国内のどの原発 よりも、横須賀基地に停泊している原子力空母や原潜の原子炉は、航空機の落下という視点からは桁違いに危険なシロモノなのだ。

航空機落下確率が1千万分の1を超えた場合は、航空機が落下してきても安全な設計を考慮しなければならない。それが原子力安全委員会 が定めた安全設計審査指針の中で定められている。
発電用原子炉について定めたこの指針が米軍の原子力空母や原潜に適用できれば、横須賀基地に原子力艦船が入港する際に、軍艦が航空機 落下に対して安全に設計されているかどうかも日本政府の責任で調べて入港の可否を決めなければならない。その審査を受けずに原子炉を 動力とする艦船が入港するのは、安全設計審査を受けずに原子力発電所を造ってしまうのに等しい。

日米安保条約により米軍の日本への駐留を認めている体制の下で、安全設計審査指針を米軍艦船に適用することは、現実的にはきわめて難 しいと言わざるをえない。それゆえ、原子力艦船が横須賀に在港している事の是非とは別に、航空機が原子力艦船の上を通過することを制 限せよ、という訴訟を提起したのだった。
もしこのまま原子力艦船の上を飛行することを許すならば、その安全性について、つまり横須賀基地に停泊中の原子力空母や原潜に航空機 が落下しても原子炉の安全性に支障が無いことを、国が証明することが必要だ。裁判の中で、国がその安全性の問題と向き合い、原告側と 議論をすることを私たちは望んでいた。

残念ながら門前払いで訴訟は終わってしまった。原子力艦船へ航空機が落下する危険性とそれへの対処について、国は何も答えなかった。 ただ原告適格が無いことを主張するだけに終始した。
国は安全性の問題をスルーしたが、それで危険性がなくなるわけではない。
現実に、横須賀基地は、もし発電用原子炉を建設しようとすれば、航空機落下を前提とした設計を求められる位置にある。羽田の新滑走路 がオープンされて、国内空港の中で羽田空港の離発着の占める割合がアップすれば、原子力安全・保安院の内規に基づき計算される、横須 賀基地への航空機の落下確率はさらに大きくなる。
言い換えれば、危険性はさらにアップする。

実質的な議論が無いままに門前払いされたのでは、行政訴訟という制度が何のためにあるのか、という本質的な疑問を持たざるをえない。
原子力空母の配備がどうしても必要だと国が主張するなら、その配備が原子力の安全に係る国内法体系を無視したものだという国民の疑問 にも答えなければならない。超法規的措置と言って、議論には白旗を揚げながら強引に押し切るのではなく、まずどの点に違法性があるの かを判断した上で、それを超えることの必要性を明示することが、合意形成過程で求められることだ。

国の行政行為に疑問を投げかける訴訟に対して、被告としての国が、原告適格の要件の有無だけで門前払いを求めるのは、「お上の行うこ とに口出しするな」と言うに等しい。
2004年に行政事件訴訟法が改正されたそうだが、その本質は何も変わっていない。
5年後見直しが検討されていると聞くが、今度こそ、市民の素朴な疑問に真正面から答える行政事件訴訟制度にして欲しい。

(上空飛行制限訴訟原告団)


2008年9月25日から、TAURAポイントが南に約4キロ移動したため、横須賀基地上空を通らなくなったルートの図


2010-10-30|HOME|