ジャイアントボイスとは

遠藤洋一(市民の意見30の会より)

ジャイアントボイス
 5月15日の夜、横田基地は想像を絶する大きな音のサイレンに包まれた。「ウウーン・ウウーン・ウウーン」と10秒ほど鳴り響き、またすぐ「ウウーン」と続く。消防のサイレンも、警察のサイレンでもない、初めて聞く種のサイレン音だった。それが、午後9時25分から、5分ほど続いた。またその直前、横田基地に面した、マンションの住人からは「2発の閃光が光り、ドドーンという爆発音が響いた」との事。これは、ベランダでたばこを吸っていた友人が通報してきた。友人は「戦争が、始まった!」と思ったそうだ。 サイレンの後、なにやら英語でアルファベット、たとえば「アルファー・デルタ」などや、「スリー・ファイブ・・・・」とかの数字も聞こえ、暗号風ではあったが、風に乗り聞きにくかった。しかし、最後に「エクササイズ・エクササイズ」とは聞こえた。 これは「演習である旨の」連絡だろうと推測はできた。ともあれ不気味で、地の底からわきあがるような「音」だった。私の自宅は、横田基地からは直線で300メートルも離れてはいない。しかし、サイレン音は、西は、隣町のあきる野市にある五日市線、秋川駅周辺や、東は立川市の松中団地にもよく聞こえ、横田基地周囲半径5キロ以上に到達した。どこまで聴こえるか、それが米軍の狙いだったことは後に判明する。しかも、彼らの予想を超えていた。
 福生市役所は、殺到する電話での問い合わせに、混乱していた。もとより「宿直」職員は3人しかいない。担当の総務部長はその時間、自宅で「風呂」に入っていた。隣家は市長の家だが(市長公舎などではない、部長も市長もふつうのサラリーマン、小さな住まいだ。)市長は「老人会」の会合で、天ぷら屋の宴会場にいた。 両人とも市役所に駆けつけた。15分後に、福生市の防災無線放送で「ただいまの、サイレンは横田基地の訓練です。災害や、火災ではありません」と、放送して、苦情の電話は収まった。しかし、180本の電話が集中した。
 横田基地に隣接した地域では、たくさんの市民が子供の手を引き、家の外に出て「何が起きたのか?」と、不安げに話していた。ぼくも、福生の市議になって24年、べ平連時代から、30年以上横田基地の周辺にいるが、初めての経験だった。
 ちなみに、国内で最後に「空襲警報」のサイレンがが鳴ったのは、九州の小倉(今は北九州市)であり、朝鮮戦争時の記録がある。

ジャイアントボイスの写真を示して質問する遠藤市議
 実は、この日の演習は予告されていた。5月9日に横田基地を管理する「横田防衛施設事務所」から、横田基地周辺市町基地対策担当に「ジャイアントボイスの機能試験」の実施についての通告があった。横田基地周辺自治体は、度重なる夜間の離着訓練(NLP)に対し、強く中止要請をしてきた、その中で、「防衛施設庁」は訓練の事前通告を行うようになってきていた。
 しかし、今回の内容は、5月13日から同17日の間で、午前6時から午後10時までの間に、サイレンが10秒程度、アナウンスが10から20秒程度の機能試験を行なうこと、また、夜間9時以降になる場合は、周辺に影響を及ぼさないよう配慮するとのことだった。その程度なら、毎日、午後6時になると横田基地から聞こえる「ラッパ」と「君が代」と「星条旗よ永遠なれ(アメリカ国歌)」の音量と変わらないと、担当者はふんでいた。市長まで、その報告は行っていなかった。もちろん横田基地対策委員会の議員にも。
 ちなみに、ぼくは自宅にいる限り、週2回は「君が代」演奏を聴く羽目になっている。残りの3日はその時間には人工透析病院にいるので、別の意味で心が穏やかではない。
 担当職員は、その通知の内容に安心していた。しかし、すざましい音量だった。しかも、横田基地に問い合わせても、広報担当は帰宅し、「防衛施設事務所」も混乱していた。

横田基地指令部とジャイアントボイス
 市は、翌日、即刻横田基地に抗議した。司令官の返答は「ジャイアントボイスは、基地内住民に基地司令官からの緊急通告などを、より多くの人々により速く広めるための、公共システムに使用する大音量スピーカーシステムのことで、374司令部、西住宅、東住宅地区の三箇所に設置されているが、このシステムの機能試験をした」という事だった。
 しかし、ただの「試験」ではなかった。その後、23日に国を通じ米軍側から 、 横田基地第374空輸航空団広報部の回答がきた。それは、大規模な「軍事演習」が横田基地で行われていたことが記されていた。「試験」は、その一環にすぎなかった。その文面によれば、演習は、5月13日から5月16日まで行なわれていた。その演習の目的は2つで、
1つ目は、平和時から緊急時に速やかに移行できるように訓練すること。
2つ目は、移行した後、対応できる運用状態を維持すると、ある。
一見のんびりした輸送基地に見えた「横田基地」が、「戦争の機械」であることがよくわかる。
 昨年のアフガン攻撃時は、横田基地は「思いやり予算」67億円を使って、滑走路の全面改修工事をしていて、ほとんど機能はしていなかった。その工事も7月に終了し、横田基地はまた騒音が激しくなっていた。そんな中で、大規模な軍事演習が始まっていた。しかも、対攻撃演習だった。文面の続きだが、演習の内容は、第374空輸航空団(横田基地に常駐している米空軍)は、昼夜にわたる大規模な総合演習「ビバリーモーニング02−07」を行ない、軍人軍属5千人が参加した、となっていた。「ビバリーモーニング02−07」は、2002年の会計年度の7回目を意味しており、今回の演習は、多くの部隊兵員の参加で24時間体制で航空機、ロケット、地上戦力等様々の形態で行われ、基地への攻撃に対し即応態勢を構築し実践的に対処するためのものとなっている。
 また演習の開始日時やシナリオの詳細は、事前に知らせる事なく、様々な事態に次々に対処することが課せられるものとされ、 予告なしで戦争状態に突入する将兵は、演習期間中刻々と変化する事態に即応することが命じられており、この様な演習は、横田基地が米国の抑止政策、平和維持、戦争遂行という使命を果たすべく、即応体制を維持するために働くとなっている。
 広報部による具体的な状況は、司令部の建物の前後にはバリケードが築かれ、付近にはガスマスクに身を固めた兵隊がM-16を構えて警備をしており、出入口では厳しいIDチェックが行われ、警戒態勢を意味するブラボー、チャーリー、最高警戒態勢のデルタ段階まで上がり厳重な警戒態勢が敷かれ、5月16日の晩にすべての課題を終え終了したとなっていた。
アメリカの言う「対テロ戦争」の訓練が行なわれている。東京の市街地のすぐそばで。
 横田基地内の新聞を読むと、BC兵器に対応する何種類かの防護服の着脱訓練や、対テロ攻撃の勇ましい写真が、アメリカ軍の緊張を伝えている。
そして、この演習は5月で終わりではなかった。
 6月13日に基地司令官から6月以降の演習を知らせる通知が直接あった。訓練の通知は通常、国を通じて横田基地対策担当にあるのが通例だった。しかし、今回は横田基地司令官からの公文書で、日文の翻訳付きで来た。 
そして、演習は続いている、6月、8月に実施された演習で市民に影響を与えたジャイアントボイスを使用したサイレンの吹鳴等の状況は、6月の演習では19日から21日までの3日間で計7回、8月の演習では13日から15日までの3日間で計5回。
 度重なる、基地周辺自治体や東京都の申し入れに対しても、基地側からは演習に伴うサイレンの吹鳴は必要であり、中止できないとのことであった。しかし、サイレンは夜間、早朝は避けること、また、サイレン吹鳴時に英語放送と併せて日本語で「演習」である旨を放送することが、何度も横田基地に申し入れられた。。
 この結果、6月及び8月の演習では、午後8時以降及び午前7時以前のサイレンは無く、サイレン吹鳴時には日本語による放送、「エンシュウ!エンシュウ!」と言い始め、8月にはサイレン音も僅かながら小さくなった。

車の検問風景

 福生市は、今回の演習についての市民に対し、議員、町会長、小中学校、病院、警察、消防関係等を通じての周知、ホームページへの掲載、8月には広報掲載などを行なって対処した。
 だが、この原稿を書いていた9月10,11,12,13日にも、サイレンが鳴り、ぼそりぼそりとなにやら、英語が聞こえ、「エンシュウ!」「エンシュウ!」の声が福生の空に響いた。報道によれば9月11日は、演習を2時間中止して、追悼行事をしたという。
そして、10月、11月には、「総括監査演習」が予定されている。横田基地は、いつでも「攻撃」を受ける態勢にいる。周辺住民の安全は誰が守るのだろう。

フジフライヤー=横田基地内部の新聞(英語)(5月24日号)

横田基地から福生市長宛の演習の通達(日本語・英語)(6月10日)

苦情・対処等まとめ|8月13日〜15日の福生市への苦情